「割れ窓理論」の実証研究

2016/04/14 3:27 に Asako Miura が投稿   [ 2016/04/20 22:24 に更新しました ]
Keizer, K., Lindenberg, S., & Steg, L. (2008). The spreading of disorder. Science, 322, 1681-1685. doi: 10.1126/science.1161405

4/14の3年ゼミで「プレゼンのお手本」を披露したのですが,その中で紹介したこの論文の手続きや条件に学生たちから細かい突っ込みが入り,原著を読んでいなかった私は「すいません,分かりません」と答えざるを得ずたいそう恥をかいた(怪我の功名として,ちゃんと参考資料も読み込んでプレゼンに臨む必要があるということを全員に知らしめることができたので,いい実習になった)ので,ちゃんと読むことにしました.

dr. K.E. (Kees) Keizer第1著者のKeizer氏.オランダのグローニンゲン大学のAssist. Prof. イケメンですな.

割れ窓理論(broken window theory; BWT)は,元来は犯罪学の立場から提唱されたもの(Willson & Kelling, 1982)です.ざっくりと説明すると,街角にある建物の窓が割れているのを修繕せずに放置していると,それが「誰もこのあたりの治安には関心がないんだな」というサインとなり,犯罪を起こしやすい環境を作り出す.すると,ゴミのポイ捨てなどの小さな犯罪が起こりやすくなり,それによって住民のモラルが低下して,地域の振興や安全確保に協力しなくなる.それがさらに環境を悪化させて,凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる.という悪循環を描いたものです.

この理論は,人間の行動や心理に(時にその個人の内的要因よりも)状況が大きな影響をもつという視座に立つ社会心理学者にとっては大変興味深いものです.なぜなら「窓が割れている」という状況が(それがなぜ割れているか,とか,そのあたりがどんなところか,といった関連しそうな要因抜きに),人々を反社会的行動に走らせる,ということであれば,まさにそれは社会心理学的な事象であるからです.また,もしそうであれば,犯罪に近い事案や起きた犯罪を取り締まる以外の,犯罪抑止に有用な方策につながります.割れた窓は修繕する,放置自転車を撤去する,ポイ捨てゴミを掃除する,といった努力が,単に街の美化に役立つだけではなく,犯罪抑止につながるわけですから.

しかしこの理論を実証的に検証しようとする研究は長らくありませんでした.それに6つのフィールド実験でチャレンジし,成功を報告したのがKeizerらのこの論文です.彼らは,街角で文脈としての規範 contexual norm が破られている(例えば「落書き禁止」という看板があるのに落書きがある)」場面を目撃した一般市民(≒観察者が18歳以上と判断した人々)が,観察対象とする(文脈としての規範とは別の)規範 target norm への違反(ゴミのポイ捨てをする)を犯すかどうかを観察により記録して分析データとしています.社会心理学研究としてのキモは,「文脈としての規範が存在するが破られていない(「落書き禁止」という看板があって落書きがない)」状況と比較すること,両者の比較に際し,「文脈としての規範が破られているかどうか(落書きの有無)」以外がすべてほぼ同等であるように配慮することです.

Study1: contexual norm: 落書き禁止,target norm:ゴミのポイ捨て(はしない)

グローニンゲンの商業エリアにある,市民がよく自転車を停めるのに利用しているエリアで,停めた自転車のサドルにくくりつけられた広告ビラをその場に捨てて立ち去った人は,落書きが4つある場合(図(論文Fig. 1)下)では69%,落書きがない場合(図上)では33%だった.

Study2: contexual norm: フェンスに自転車を固定するな(警察による掲示),target norm: ここからの進入禁止

駐車上に一時的に設置されたフェンスに自転車がくくりつけられていなければ,フェンスの向こうに進入する人は27%,4台の自転車がくくりつけられていると82%だった.

Study3: contextual norm: ショッピングカートは返却して下さい, target norm: ゴミのポイ捨て(はしない)

ショッピングセンターとスポーツクラブの併設された(茨木ならイオンとコナミみたいな)駐車場で,駐車した車のワイパーに挟んである広告ビラ(Study 1と同じもの)をその場に捨てて立ち去った人は,ショッピングカートが4台放置されていれば(図(論文Fig. 3))58%,放置されていなければ30%だった.

Study4: contextual norm: 大晦日前の1週間は花火禁止, target norm: ゴミのポイ捨て

これはオランダの法律で,オランダ人ならみんな知ってるレベルの有名な法律.Study 1的なシチュエーションで,当該期間中に,遠くから花火の音が聞こえる場合と聞こえない場合を比較.前者はポイ捨て発生率80%,後者で52%だった.

Study5: contextual norm: ポストがきれい/落書きだらけ, target norm: 窃盗
Study6: contextual norm: ポストはきれい/ポストの周囲がゴミだらけ, target norm: 窃盗

5ユーロ札が入ってるのが分かる封筒がポストに突っ込まれている時に,それを取るかどうか.
封筒を持ち去った人は,ベースライン条件(ポストもポストの周囲もきれい)では13%,ポストが落書きだらけ条件では27%,ポストの周囲がゴミだらけ条件では25%だった.


これらの研究から,割れ窓理論は実証されたといえるでしょう.しかも,それは法的な強制力のない社会的規範だけではなく,警察による規制や法律等の場合でも同様だったわけです.ある規範が破られていると,それ以外の規範を破ってもよいのだ,という意識に波及する,つまりより一般的な意味で「きちんとふるまうべき」という目標意識を弱化させることがわかりました.この論文のタイトルにあるように,無秩序は広がるものだ,ということになりますが,別の言い方をすれば,この知見を活かした介入ができる,ということでもあるでしょう.

参考)本論文(特に研究1)に関する日本語によるサイエンスライティングに「無秩序の連鎖」があります.

(執筆者:三浦麻子)
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