畳のへりにつまずいて老いを感じる

2016/04/19 23:48 に Megumi Tabuchi が投稿   [ 2016/04/25 22:21 に更新しました ]
  70代のみなさんが盛り上げる井戸端会議の話題で,よく耳にするのが,「どんなときに歳を感じるのか」ということ。先日,「初めて畳のへりにつまずいた」と大盛り上がりしているところに出くわしました。運動機能,特に下半身の運動機能は加齢と共に低下し,「畳のへりほどの小さな段差にすらつまずいてしまう」という現象が起こります。例えば歩行速度は,60歳を境にがくんと落ちていく傾向があるようです。
 
高齢社会白書平成27年版「高齢者の一般的な機能の特徴」

ところが,実験室や調査会場で高齢者と若者を対象に歩行課題を実施すると,高齢者の方が案外できてしまう,という現象が起こったりします。高齢者の方が課題に対するモチベーションが高い場合,課題により集中するので歩行課題そのものに対する成績が良く,高齢者と若者でそこまで成績が変わらない,という結果になったりするわけです。つまり,日常場面で危ないのは,高齢者さんが「さぁ,畳のへりをまたごう」と思ってまたぐとき,ではなく,「何かをしながら歩いていたときにつまずく」という現象なのです。今回は,いくつかの課題に意識を分配する必要のある「二重課題」の成績を年齢別に比較することで,高齢になるといかに「何かをしながら歩く」ことが難しくなることを示した論文をご紹介します。


Pothier, K., Benguigui, N., Kulpa, R., & Chavoix, C. (2016) Multiple Object Tracking While Walking: Similarities and DifferencesBetween Young, Young-Old, and Old-Old Adults.という論文では,若者(27)・前期高齢者(18)・後期高齢者(18)にそれぞれ二重課題(何かをしながら何かをする,というように,注意を2つ以上の課題に裂かなければならない課題)をしてもらい,どの程度成績に差が出てくるかということを報告しています。ここでは,8メートル歩きながら,どんどん難しくなる「複数対象物追跡課題」(たくさんのドットがてんでばらばらに動く中,ターゲットのドットを見つける課題)を行っています。



その結果,3グループとも課題が難しくなるにつれて歩行速度は落ちるのですが,その落ち方がより高齢であるほうが激しい,ということが分かりました。また,追跡課題が簡単なときは,前期高齢者は若者と同じぐらいの課題成績なのですが,追跡するドットの数やスピードが上がって課題が難しくなると,後期高齢者と同じぐらいの課題成績になることが分かりました。つまり,注意を集中させる必要のある難しい認知課題をしながら歩くことは,75歳以上になると非常に難しくなり,前期高齢者の年齢はそのちょうど過渡期であることが分かります。「歩きスマホ」をしちゃう(できちゃう)というのは,そういう意味でも「若者の特徴」なのでしょうか。


歩行と認知課題を組み合わせた二重課題で加齢の影響を見た研究はいくつかあるようで,例えばBock, O. (2008)Dual-task costs while walking increase inold age for some, but not for other tasks: an experimental study of healthyyoung and elderly persons.という論文の中で,歩きながら視覚的情報が必要な認知課題を行う場合に,特に高齢者では成績が下がることを報告しています。Pothierたちの研究のオリジナリティは,前期高齢者と後期高齢者の特徴をとらえたところにあるかと思います。


同時に使える認知資源が加齢とともに少なくなるということを,人間は例えば畳のへりにつまずきながら自覚して適応していくわけですが,特に70代あたりが重要な変わり目のようです。その時期に致命的な事故にあわないためにも,「歳をとったと感じること」や,同世代の井戸端会議でそのことをシェアするというのは大事なことかもしれません。(田渕恵)


【引用文献】

Pothier, K., Benguigui, N., Kulpa, R., & Chavoix, C. (2016) Multiple Object Tracking While Walking: Similarities and DifferencesBetween Young, Young-Old, and Old-Old Adults. Journal of Gerontology, SeriesB, Psychological Sciences and Social Sciences. 70(6):840-9. doi: 10.1093/geronb/gbu047

・Bock, O. (2008) Dual-task costs while walking increase inold age for some, but not for other tasks: an experimental study of healthyyoung and elderly persons. Journal of Neuro Engineering and Rehabilitation, 27, 1-9. doi: 10.1186/1743-0003-5-27.



Comments